Gallery part 3
2003年度のレース+α


クリール ◆月刊「クリール」に掲載!!!

月刊クリール10月22日発売号に「いたち川RC」が登場しました。
9月13日に撮影の写真です。
撮影いただきましたKKさん、写真に参加頂いたみなさん、有難うございました。 クリール

◆第7回滑川ほたるいかマラソン

無事完走 2003年10月19日、またまた晴天でした。青い空に白い雲、田園地帯から見える富山湾の向こうには能登半島、滑川の古い街並みあたりでは地元の方々の暖かい声援、すばらしいコースを楽しんできました。クラブからのエントリーは、10km:ラガーマンさん、ハーフ:Fさん、事務局Sの3名。togashiさん、kobaさんは急用で欠場でした。気温は低めで3人とも自己記録を更新。満足と納得のいくレースでした。
ゲストランナーは谷川真理さん、レース中にランナーを一生懸命励ます姿は、さすが「イイ人」と評判のランナーだけあるなーと感心しきりでした。 (写真は、表彰式)
ところで、参加賞のTシャツは日頃も着れそうななかなか素適なもの。新川地区のマラソン大会のTシャツは総じて高品質です(笑)。

左から、Fさんに続くS(海洋高校近く)、それぞれのゴールシーン(撮影:事務局Sの妻)
ランナーA ランナーB ランナーC

◆第3回あいの風リレーマラソン 〜兼、定期練習会〜

2003年10月12日、クラブメンバー6名で「あいの風リレーマラソン」に出場。ランナーはF、ラガーマン、事務局S、T.Y、koba、togashi…(敬称略)。
ゴール!!成績 このレースは1周2.1kmのコースをチームリレーで20周して、42.195km完走を目指します。コースはクラブのホームとも言える環水公園。天気は「雨」と予報されていましたが奇跡の様に晴れてしまいました。いたち川RCはつくづく晴れ男・晴れ女集団であります。 チームナンバーは「5」。走順を抽選で決め、10:30AM過ぎにスタート! 不思議と時間を長く感じることも無く、3時間4分30秒でゴール! 196チーム中64位という、まずまずの成績でした。
どんどこ 4周を走られたFさん、ラガーマンさん、お疲れ様でした。来年はサブスリーを目指しましょう。可能であれば、メンバーを増やし、2チームエントリーも楽しいかもしれませんね。 レース終了後は、皆で軽く昼食。T.Yさん、果物ありがとうございました。
解散後は、Fさん、ラガーマンさん、事務局Sの3名で「定期練習会」、いたち川を大泉までジョギングしました。 その間に、唯一閉会式に出ていらしたtogashiさんが、皆の抽選券をお持ちでしたが、なんと事務局Sの番号で自転車が当選!  そのままお持ち帰りになられれば良いものを、人格者togashiさんは事務局Sにお譲りになりました。なお、レース中の抽選会では T.YさんがウインドブレーカーをGet! クラブとしては3分の1の確率。もしかしたら、妙なところで運を使い果たしてしまったでしょうか(笑)。

いたち川RCの精鋭6名
ランナーA ランナーB ランナーC
ランナーD ランナーE ランナーF

◆能登島ロードレース2003

無事完走 2003年7月6日、梅雨の最中ですが奇跡の様に雨は無し。何故かいたち川RCが関わるイベントは天気に強いようです。 クラブからのエントリーは、10km:少林寺36房さん(初レース)、ラガーマンさん(初レース)、togashiさん、ハーフ:kobaさん、Fさん、事務局Sでしたが、togashiさんとkobaさんが無念の欠場でした。しかしながら、初レースの少林寺36房さんとラガーマンさんがジェットコースターのコースの様な難コースをものともせず見事に完走!おめでとうございます。
夏場のレース、きついコースと、完走時の疲労感は大きいですが、その分、達成感も大きく、充実した一日でした。 実は、会場で少林寺36房さんとは落ち合えず、参加・完走を知るのは富山に帰ってからとなりました。 (写真は、完走をたたえあう3名。ラガーマンさんご家族撮影)

◆黒部名水ロードレース2003

高橋尚子と小出監督 2003年5月25日、第20回の記念大会は高橋尚子選手の招待もあって5000人を軽く超す参加者でごった返し、kobaさん、togasiさん、Fさん、事務局Sがエントリーするも人が多すぎてどこにいるのか不明・・・、スタート30分前にFさんと事務局Sがようやく会えるという状態。次回からは待ち合わせ場所を決めておきましょう。肝心の結果は全員完走するも「遅い!若くない!」のクラブの長所を大発揮。まともなタイムを出したのはFさん1人のみでした。
そしてあの高橋尚子選手は1時間21分45秒、実力からすれば10分以上遅いタイムですが、すれ違ったときの表情は昨年と違って真剣なものでした。肋骨骨折後初のハーフ、そして合宿前の最後の市民マラソン、この大会は招待選手としての使命を果たすだけのものではなかったのかもしれませんね。頑張れ!高橋!
しかし今回のこの大会、救急車がひっきりなしに走っていました。そして残念にも死亡者が出てしまいました。羽咋市の29才の男性が10kmのゴール後に小出監督の前で倒れ、そのまま帰らぬ人になってしまったとのこと。聞けば高校時に競技経験もあり年数回のレースに出ていたそう。ある意味レースで死ねるなんて羨ましい気もしますが、残された人はたまったもんじゃありません。死なない程度に練習して死なない程度にレースに臨みたく思います。



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